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ミャンマー3日目、マンダレーへ移動

 空港からマンダレーへ、ホテルに入ってからヘルスセンター、コールドルーム、タウンシップのメディカルオフィサーに見学、

朝は4時モーニングコールで5時ロビー集合、朝食パックをもって空港で食べた。
プロペラ機のエマージェンシーガイドでは、海水に飛び込む際には、自分のシートを浮き袋代わりに抱いて飛びこめとあった。
8時にマンダレー空港につくが、市内に向かう道でバイクが多くなってくる。ヤンゴンでは交通規制でバイクは禁止されているし、大きなトラックの進入が制限されているが、ここではどちらも大丈夫。バイクは3人乗りでヘルメット着用


 タウンシップのメディカルオフィサーに現地の状況を伺う。女性のユニフォームで仕事がわかれている。ブルーはHMWHミャンマー母子福祉協会でお母さんと子どもの面倒をみる。赤いスカートは助産婦(保健婦)で子どもの面倒を見ます、このほかに学校の先生や赤十字、消防士などがボランティアで協力してsNIDが実施される。
ホテルに戻ってから日が終わりを告げるまでの時間、周辺を散策する。


夜は、中華料理、イタメルという火鍋やさんだといわれて楽しみしていたが、自分たちで鍋をつつくのではなく、とりわけてもってきてくれ、しかもタイ屋台風の味付けだった。
ホテルに戻ってからはラウンジでマンダレーの夜を楽しむ。

ミャンマー最大の都市、ヤンゴンと古都マンダレーを結ぶラインが観光資源として自由に立ち入れる場所だが、それ以外は外国人が立ち入り制限されている地帯が多いという。民族が135あるということは言語もそれだけあるということで逆に言うと軍でないと制圧できない面もあるのだろう。駅にいけば重要拠点であるので自動小銃をもって軍が管轄している。また市内のあちこちにそうした施設が点在していて、ミャンマー語で書かれているだけなのでボクらにはわからない。カメラをおいそれとむけてはいけないところがたくさんある。一方で、軍事政権のもとでいろんなことが起こっているのも事実。人前でアウンサンスーチーさんのことは話しできない、ミャンマーでの現状は「ミャンマー 密告」とぐぐるとわかってもらえると思う。  


国民の90%は仏教徒で、とくに男性のほとんどは一度は出家して僧侶としての修業を積む。穏やかな誠実な人格、物乞いもそんなに多くないというのはそのあたりに秘密が。また人口は5千万人ぐらいで自殺者も20名、ホームレスはいない国。 食べるものがなければパゴタ(寺)にいく。托鉢にでた僧が鉢の中にいっぱいのごはんやおかずを得てくるので、それをシェアする。貧しくて学校に行けなくてもパゴタの中でかわって教えてくれるので、日本の寺のイメージよりはもっとコミュニティーに近いものだ。世界の最貧国のひとつながら人々は絶えず希望を持ち、貧しい人ほど他の人に分け与えようとする。豊かになると他人のことなど無関心になっていく。本当に人として豊かなのは、こちらではないだろうか。

ちなみに、ミャンマーの都市で京都に例えられる、古都マンダレー。語源は「曼荼羅」からきているという。またまた曼荼羅。 たまたまボクらは日本に生まれおちたに過ぎない。もっと何かできるし、もっともっとできるはずだ。そして何かほかのことをしなければならないように思う。そうできるはずだ。

| 20:15 | 時代の風 | comments(0) | trackbacks(0) |
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